ライター、ワインエキスパート【冨永真奈美】

CULTURE & ENTERTAINMENT

つわり、失恋、棚ボタのSS席(50,000円(SS席)×2枚=100,000円)

失恋
つわり、妊娠、失恋、棚ボタのSS席(50,000円(SS席)×2枚=100,000円)、Maddona、MADONNA. Confessions Tour. 2006 Tokyo dome、サービス残業、請求しとけばよかったけどもうおそい
 
2006年、私はタダで「MADONNA. Confessions Tour. Tokyo dome」に行けたのだった。まともに払ってれば、50,000円(SS席)のチケットである。
 
当時私は、ある企業と通訳・翻訳フリーランス・スペシャリスト契約を結んでいた。とても優秀なエクスパットのマイケル君と3日間のセミナーで組んだのだった。私は妊娠中でつわりに悩まされていたのだが、家で休んでいるほうが気分が悪くなるのでガンガン外に出て働いていたのだった。何かに集中すると不思議に吐き気が引っ込むのである。
 
講師のマイケル君はいつものようにきびきび講義をするのだが、休憩時間になると口数が少ない。いつもはよくしゃべるのに。自販機周りでコーヒーを飲みつつ、「なんか元気ないね?」と聞いてみた。するとマイケル君はその場にくずおれてしまった。
 
「彼女とうまくいってないんだよ。機嫌直してもらおうとコンサートに誘ったら『うるさいところに連れてけば大事な話をしなくいいと思ってるでしょ』ってキレられてさ。ぼく、どうすりゃいいのかなあ」と今にも落涙しそうな雰囲気である。
 
マイケル君は良い人である。ちょっと理屈っぽすぎるところもあるが、職業上仕方ないことであろう。あれ?変だな?得意の理屈で大事な話をすればいいのに。いや待てよ。理屈ばっかり述べて大事な気持ちや感情をないがしろにしてるんだ。うん、きっとそうだ。そりゃあキレられる。彼女の気持ち、分かる!!
 
と、脳内であまりに勝手な結論を出すのに数秒かからなかった。
 
しかしマイケル君は良い人である。それは確かで、だからこそ良い友人でもあった。しかし私は当時ある不満を抱えていた。マイケル君は数年日本に住んでいたので、なんでも自分でできる世話要らずの人だった。しかし出張で日本にやってくる外国人は当然ながらなかなかにこれが難しい。業務終了後、「美味しい日本料理のお店に行きたいんだけど」とか、「浅草とか観光したいんだけど」とか。最初のうちは、自分の勉強にもなるからとわりに楽しんでいたのだが、だんだん「面倒くさいなあ」という気分になっていた。もちろんみなさん礼儀正しい良い人々だったし、経費はすべて払ってくれたが、業務終了後なので私の時間への報酬は発生しない。つまり「サービス残業」をさせられているような気がして、だんだん腹が立ってきていたのである。
 
「そのチケットどうするの?」と聞くと、「どうしよう。もうどうでもいいよ」と打ちひしがれている。
 
いやいやいや。50,000円(SS席)×2枚=100,000円のチケットがどうでもいいわけない!
 
マイケル君は一人で行く気がない→チケットはゴミ箱行き→100,000円は捨て金→もったいない→それなら誰かが行くほうがいいじゃない→こうなりゃ誰でもいいじゃない→じゃあ私でいいじゃない→でも50,000円払う気はないなあ→これも残業の一種だ→これまでのサービス残業の補填扱いだよね→家に帰ってもつわりで苦しいだけだし→ここに居合わせたのも何かの縁→私、行く資格十分ある!
 
と、脳内であまりに勝手な結論を出すのに数秒かからなかった。大体、マイケル君に非は一切ないし、彼に「サービス残業」させられたと思ったことは一度もなかったというのに。
 
「そのチケット、私が代わりに行ってもいいかな?」と聞くと、「どうしよう。もうどうでもいいよ」と打ちひしがれている。よし、行ける!「どうでもいい」ということは、「誰でもいい」ということだもの。しかしマイケル君は良い人である。人が良すぎるかもしれない。お金の話はマイケル君から一切出なかったものね。
 
さて、東京ドーム。
 
あらゆる国から観客が集まった、日本で開催されているとは思えなかったコンサートだった。女王Madonnaは40分遅れて登場。彼女のステージは、音楽というよりはもはや壮大なアートだった。もちろん全席売り切れ。
 
コンサート中、時々、横目でマイケル君の様子をうかがった。楽しそうに踊っているかと思えば、その場にくずおれる。楽しそうに踊っているかと思えば、その場にくずおれる。そりゃあそうだよね。失恋しかけてるんだしね。マイケル君には悪いと思ったが、私はほんとに楽しんだ。つわりもすっかり忘れていた。マイケル君、ほんとにありがとうございました。
 
先日の、Ch. Cheval Blanc 1987の投稿を書いた後、寝る前にどうしてもこの事が思い出されて笑えてくるのでちょっと書いてみた。
 
そしてマイケル君。あの彼女ではないのだが、その後ご結婚されて、今ではお子さんもいる幸せな家庭を築いている。めでたし、めでたし。
 
 
追伸1:妊娠中の行動は医師と助産師に逐一相談・確認してました。
 
追伸2:「サービス残業」と思うくらいなら、さっさと帰る。あるいは、残業手当を交渉する。今ならこうしますが、当時はそうした考えがなかった。甘かったですね。基本的に通訳さんは業務終了後のアテンドをする義務はありません。
 
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