ライター、ワインエキスパート【冨永真奈美】

WINE & FOOD

イタリアで光る日本酒の魅力―パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズとのペアリングから見える日本酒の新たな可能性

ミラノ酒チャレンジ

パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ協会は「ミラノ酒チャレンジ2023」事務局と協同し、熟成の異なる3種類のチーズにマッチする日本酒3種類を「パルミジャーノ・レッジャーノ賞」として選出した。受賞した酒蔵には特別賞としてパルミジャーノ・レッジャーノ丸ごと1ホール(約40kg相当)が贈呈された。その贈呈式および「ミラノ酒チャレンジ2024」の概要説明会に参加した。(2024年2月16日、在日イタリア商工会議所)

ミラノ酒チャレンジそしてパルミジャーノ・レッジャーノと聞いて、正直、「イタリアのミラノで日本酒とパルミジャーノ・レッジャーノ?ワインではなくて?」という思いが沸き上がった。日本酒は海外のガストロノミーシーンで大きな注目を集めていると知っているものの、果たしてイタリアで日本酒への認知度がどの程度あるのか疑問に思えたのだ。

「確かに。イタリアでは以前、日本酒とは『中華料理店で最後に出てくる温めたサケと呼ばれる食後酒』だと思われていました。中国の蒸留酒が『サケ』として出されることもあったのです。日本酒と焼酎の区別もされず、酒蔵をDISTELLERIA(蒸留所)と訳した字幕を見ることもあるのですよ」と、ミラノ酒チャレンジの創設者のひとりである高島麻衣子氏が教えてくれた。

予想以上の誤解ぶりだが、筆者は驚くというよりはかえって納得してしまった。ミラノ酒チャレンジのもうひとりの創設者はイタリア人のロレンツォ・フェラボスキ氏である。10年に及ぶ東京在住時に日本酒への愛情と造詣を深めたフェラボスキ氏にとって、イタリアにおける日本酒への誤解と認知度の低さは憂慮すべき状況だったことは想像に難くない。

こうした状況を背景に、フェラボスキ氏と高島氏は2019年にミラノ酒チャレンジを創設した。ミラノ酒チャレンジとは、イタリア及び欧州日本酒市場の活性化や、イタリアにおける日本酒知識の正しい普及を目指す日本酒品評会である。創設以来コロナ禍の時期(2021年、2022年)を除けば、2024年まで連続開催を実現している。こうした活動は徐々に実を結び始めているとのこと。「数年前くらいから、日本酒への誤解が随分減りました」と高島氏は述べる。

ミラノ酒チャレンジは、利き酒、デザイン、フードペアリングなどの5つの審査部門で構成されている。2023年度は、利き酒の審査員90名、デザイン部門の審査員45名を合わせた総勢135名の審査員が合計548銘柄の審査をブラインドで行った。審査員は全員イタリア人だ。フードペアリングはイタリア食に限定しており、2023年度はパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ協会との提携が実現した。約1000年の歴史を持つパルミジャーノ・レッジャーノはイタリアの最高峰チーズであり「イタリアチーズの王様」として知られている。実のところ、常に様々な飲み物との相性を訴求している同協会のほうから、「最近よく飲まれている日本酒との相性をぜひ確認したい」とアプローチをしてきたとのこと。高島氏はその時のことを、「本当に感動しました。日本人として非常に誇りに思います」と感慨深く振り返った。

フードペアリングの審査では「パルミジャーノ・レッジャーノ賞」の選出のために、パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ協会公式テイスター10名も審査に参加した。あらかじめ利き酒の審査員が選んだ52の日本酒から、12ヶ月、24ヶ月、40ヶ月熟成の3種類のパルミジャーノ・レッジャーノに合う以下日本酒3銘柄が選ばれた。いずれも高品質かつ大変人気の高い日本酒として知られている。

12カ月熟成とのペアリング:「大吟醸 雪彦山」(壺坂酒造/兵庫県)
24カ月熟成とのペアリング:「陸奥八仙 ISARIBI 特別純米 火入れ」(八戸酒造/青森県)
40カ月熟成とのペアリング:「All Koji 全麹純米仕込み2021」(南部美人/岩手県)

「パルミジャーノ・レッジャーノ賞」の贈呈式を兼ねたこの日、フェラボスキ氏のリードでこれらの日本酒とチーズのテイスティング体験も行われた。パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズの熟成期間は少なくとも12ヶ月で、一般的には24ヵ月から36ヵ月間、場合によっては40ヶ月超もの長期にわたり熟成を行うこともあるという。どのペアリングでも素晴らしい相乗効果が実現しているが、個人的には40カ月熟成のペアリングが非常に心に残った。風味の凝縮感と複雑性がさらに増し、熟成酒特有の深い旨みとの相性が抜群である。フェラボスキ氏は協会とのコラボ当初のエピソードも共有してくれた。「パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズのテイスターたちと多くのペアリングを試しました。どちらも同じ発酵食品で、乳酸菌や旨味のもとであるアミノ酸を豊富に含んでいるから、きっと素晴らしいマリアージュになるねと大変盛り上がりましたよ」。

確かに、日本酒とパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズには共通点が多い。日本酒は米と水の美味しさを最大限に活かした繊細な味わいと奥深い豊かな香りを特徴としている。パルミジャーノ・レッジャーノは生乳と塩、天然の凝乳酵素だけで造られた完全に自然なチーズであり、その風味は実に濃厚で芳醇だ。どちらも長きにわたり継承されてきた製法をもとに、職人が丹精を込めて作っている優れた飲み物と食べ物なのだ。これらのペアリングを通して、双方の新たな魅力や楽しみ方を知ることができた。

ミラノ酒チャレンジ2024のフードペアリング部門では、パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズ協会の推薦により、イタリアを代表する高級生ハム「サン・ダニエーレ」とのコラボが決まっているという。サン・ダニエーレ協会の会長は「日本酒を初めて飲んだが、こんなに美味しいとは知らなかった。ワインよりも日本酒のほうが生ハムとの相性が良いのではないか」と感動を露わにしたとのこと。このコラボにより、日本酒とイタリア食の相性の良さがさらに強調されることになるだろう。

ペアリングを体験しながらふと疑問が頭をもたげた。「ミラノ酒チャレンジが優れた試みなのは分かる。でも、どんな人が審査をしているのだろう。具体的にどんな参加メリットがあるのだろう」と。その疑問は、同日に行われた「ミラノ酒チャレンジ2024」概要説明会を通して少しずつ解消されていった。

フェラボスキ氏と高島氏はミラノ酒チャレンジ設立に先立ち、2016年にイタリア酒ソムリエ協会を創設し、それ以来日本酒資格認定講座を開催している。イタリア酒ソムリエ協会やミラノ酒チャレンジの母体となるのは、ロンドンを拠点として世界中で日本酒に関する教育や普及に尽力している酒ソムリエ協会だ。資格認定講座では理論とテイスティングの両面から酒について学び、最終試験に合格すれば酒ソムリエとして認定される。

ミラノ酒チャレンジの審査員に応募できるのは上級とマスターレベルを含む認定酒ソムリエたちであり、しかも開催前に審査員としての特別トレーニングを受講することが義務付けられている。審査員たちは小売店や飲食店のバイヤーやマネージャーなど購買力のあるポジションに就いている人々が多く、ミラノ酒チャレンジを「イタリアでは通常入手できない酒を試飲し、優れた日本酒を見つける絶好の機会」と捉えているという。

デザイン部門ではデザインやファッションのエキスパートたちが審査員として活躍する。洗練度や機能性の観点から、ボトル、ラベル、キャップ、箱などの外観を審査してベストデザイン賞を決定するという。アートとデザインの都ミラノにて、デザインを高く評価されることの意義はとてつもなく大きい。

2023年度財務省通関統計によると、2023年度日本酒輸出額(数量)においてイタリアは第9位(ヨーロッパでは第2位)にランクインしている。輸出相手国数は75ヵ国なので、かなり上位に付けていると言えよう。

また、「受賞は販促材料として非常に役立つ」という声が受賞を果たした酒蔵から多数寄せられているという。こうした要素を考慮すれば、イタリアで日本酒販売量を増やすうえで、ミラノ酒チャレンジは非常に重要なイベントとして位置づけられると言えよう。

高島氏はこうも言う。「イタリアではワインを食事と合わせて飲むことが基本です。日本酒についても、どの酒がどの料理に合うかとを舌や頭で判断しようとする傾向が強いと思います」。そもそもイタリア人の食への関心は非常に高い。フェラボスキ氏と高島氏による日本酒普及活動の好影響もあり、日本酒を愛好するイタリア人は増えている。毎日の食事をより美味しくする食中酒として、日本酒はワインと同列の選択肢になれる可能性があるのではないだろうか。ミラノ酒チャレンジ2024のエントリー期間は終了しているが、2025年度も例年通り開催される予定とのこと。ぜひ参加してみてはいかがだろうか。

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