ライター、ワインエキスパート【冨永真奈美】

WINE & FOOD

イタリアチーズの魅力を再発見する――イタリアチーズ料理講習会

イタリアチーズの講習会

イタリア大使館貿易促進部は、Assolatte(イタリア酪農乳業協会)と協働し、2019年よりイタリア産チーズ普及を目的とした『イタリア産チーズジャパンプロモーション』を日本市場にて展開し、さまざまなイベントを実施している。そのイベントのひとつであるイタリアチーズの料理講習会が、2024年6月24日に東京都渋谷区の服部栄養専門学校にて開催された。

講習会の第一部では、本間るみ子氏(チーズの輸入会社フェルミエ創業者、NPO法人チーズプロフェショナル協会名誉会長)のセミナー「世界に広がるイタリアチーズ」が行われた。第二部では、リストランテ ヴォーロ・コズィ(東京都文京区)のオーナーシェフ西口大輔氏が、前菜からドルチェまでイタリアチーズを使った5品の調理デモンストレーションを披露した。

チーズは今や日本人の食生活に欠かせない存在となっている。日本でも世界各国の美味しいチーズが楽しめるようになったが、社会現象とも言えるブームを引き起こし、消費者の意識や嗜好に大きな変化をもたらすほどに日本市場に強く浸透したのはイタリアのチーズではないかと記憶している。本間氏のセミナーでは、その記憶を呼び起こすようなエピソードが語られた。

チーズのプロ、本間るみ子氏

 

「1980年代後半にマスカルポーネを使ったティラミスがはやり、1990年代には『イタメシ』ブームが起こりました。日本人の食文化が多様化し、海外の料理が次々と取り入れられていく中で、特にイタリア料理が手軽でおしゃれな食事として広く認識されるようになりました。チーズを使ったパスタやピザを好きな人は多いし、友達や家族と気軽にワイワイに食事を楽しむのにうってつけなのはイタリアンですからね。ブームが続くにつれ、本物のイタリアチーズを使うレストランが増えていきました」と本間氏は言う。

ティラミスも『イタメシ』ブームも筆者はよく覚えている。イタリアンレストランやカフェが増え、そこでティラミスやピザやパスタ、そしてお刺身に一工夫加えたようなカルパッチョを友達と食べるのは特別な体験だった。手頃な価格でしゃれた料理を出すお店にはイタリアンが多かったので、学生や社会人になりたての若者でも安心して外食を楽しめたことをよく覚えている。

本間氏はこうも語る。「青カビチーズへのイメージを大きく変えたのはイタリアのゴルゴンゾーラです。強く独特の風味が敬遠されがちだった青カビチーズですが、ゴルゴンゾーラのパスタやリゾットは美味しいという消費者が増え、ゴルゴンゾーラを使ったメニューをだすお店が増えました。イタリアチーズの中で最も成功したのはゴルゴンゾーラだと思いますよ。一番売り上げが大きかったんじゃないでしょうか」

筆者自身もこの体験をしている。どの国の青カビチーズだったかは覚えていないが、初めて青カビチーズを食べた時に、それまで食べたことのない独特の風味にどう反応すればいいのか戸惑ったことを覚えている。そんな中、1990年から2000年にかけて徐々に、イタリアのゴルゴンゾーラには甘くマイルドな「ドルチェ」と、ピリッとした辛味の「ピッカンテ」という2種類があることを知り、「ドルチェ」を試してみると美味しく最後まで食べることができた。ゴルゴンゾーラを食べることで青カビチーズへの慣れも進み、今ではさまざまな産地の青カビチーズを抵抗なく楽しめるようになった。

このように、イタリアチーズはその美味しさと手頃な価格から、日本はもちろん世界中で楽しまれている。その結果、イタリア以外の国でも、似て非なるチーズが作られるようになった。よく知られている例としては、粉チーズ(パルメザンチーズ)とパルミジャーノ・レッジャーノやグラーナ・パダーノといったハードチーズの混同が挙げられる。

「約30年前に粉チーズを知り、食べ始めた人々の中には、今でも粉チーズとパルミジャーノ・レッジャーノやグラーナ・パダーノといったハードチーズを同じものと誤解している人が多いと思います。明確に区別されているとは言い難いですね」と本間氏は言う。

筆者はまさに「約30年前に粉チーズを知り食べ始めた人々」のひとりだ。粉末状のパルメザンチーズはとにかく入手しやすく、それなりに美味しかったため、日常生活における便宜性が勝り、パルミジャーノ・レッジャーノやグラーナ・パダーノといった正統派ハードチーズの存在をあえて詳しく知ろうとすることもなかった。

現在では、パルメザンチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノやグラーナ・パダーノの区別がついており、料理や食べ方によって使い分けている。パルメザンチーズはイタリア以外の国で造られる類似品で、産地や製法、熟成期間に関する品質基準が統一されていない。その一方、パルミジャーノ・レッジャーノやグラーナ・パダーノは、原産地呼称保護(DOP)の認定を受けている。DOPとは1992年にEUにより設けられた品質認証制度であり、製品の製造産地や方法を厳格に規定することで、消費者に高品質な製品を届けることを意図した制度である。

例えば約1000年の歴史を持つパルミジャーノ・レッジャーノは、生乳、塩、天然の凝乳酵素のみで作られ、最低12ヶ月の熟成期間が義務付けられている。生産地は北イタリアのパルマなどの限られた地域のみ。なぜなら材料となる生乳には、それら地域の土壌で育まれた微生物の働きが必須となるからである。こうした厳しい規定をクリアし、パルミジャーノ・レッジャーノ協会の認定を受けたチーズだけが「パルミジャーノ・レッジャーノ」と名乗れるのだ。

このように、イタリアチーズは本来、フレッシュでありながら奥深い風味を持っている。それを筆者が初めて意識したのは、1999年にイタリアを訪れ、北はヴェネト州から南はカラブリア州まで周遊する旅行をしたときである。各地にチーズの名産地があり、ハードタイプ、ソフトタイプ、フレッシュタイプなど多種多様なチーズを楽しむ機会に恵まれた。この旅行では、本場のイタリアチーズのあまりの美味しさに驚き、これほどフレッシュでまろやかなチーズが日本ではなかなか手に入らないのが残念だと感じたことが印象に残っている。

そんな筆者の邂逅を察したかのように、本間氏はこう語った。「チーズの輸入が本格化したのは1970年代です。私はその頃、チーズの輸入会社に入社し、1986年にチーズ専門の輸入会社フェルミエを設立しました(2023年6月に退社)。当時、チーズの輸入は非常に困難でしたが、1991年にEU(欧州連合)が発足し1999年には単一通貨『ユーロ』が導入されたことで為替の問題が改善されました。それ以降、チーズの輸入環境が徐々に良くなっていったのです」

1999年にイタリアを旅して以来25年、自分の食生活を振り返ると、本間氏の言葉「チーズの輸入環境が徐々に良くなった」という言葉に納得がいく。スーパーや小売店では、パルミジャーノ・レッジャーノやモッツァレラチーズなど、さまざまな種類のチーズが新鮮な状態でパック包装されて販売されるようになり、その横には家庭で実践できる簡単なイタリアンレシピやその材料、さらにはイタリアワインが並ぶようになった。イタリアンレシピはシンプルで、材料も手頃な価格で手に入りやすい。おしゃれで美味な一品が手軽に作れるところが魅力なのだ。

ただ、プロのシェフが手掛けるイタリアンは、その豊かな香りとバランスの取れた上質な味わいが特徴で家庭で作るイタリアンとは一線を画する。この日、東京都文京区にあるリストランテ ヴォーロ・コズィのオーナーシェフ、西口大輔氏の調理デモンストレーションを目の前で見ることができるため、プロの技から何かを学べることを楽しみにしていた。

西口氏の手さばきは実に鮮やかだった。グラン・パダーノのミニピザ、天然真鯛とモッツァレラチーズのファゴッティーニ、ゴルゴンゾーラのムース、マスカルポーネのジェラート・・・・・・目の前で次々と美味しそうな料理が作られていく。チーズ本来の風味が活かされた料理は、当然のことながらイタリアンレストランで味わう美味しさそのものだった。西口氏のデモンストレーションを通じて、シンプルな素材の組み合わせが生む奥深い味わいにあらためて感銘を受けるとともに、家庭でもそのエッセンスを取り入れてみたくなった。

このように、この日の2部制の講習会には多くの魅力が詰まっていた。本間氏のセミナーでは、日本市場におけるイタリアチーズの歴史を知り、チーズの種類や産地、製法の違いをあらためて学ぶ楽しさがあった。西口氏の調理デモでは、イタリアチーズの特徴を最大限に引き出す調理方法を実際に見ることで、創造的な料理へのインスピレーションを得る貴重な機会となった。イタリアチーズとは、これまでもそしてこれからも、日本人の日々の食生活をより豊かにしてくれる食材であることを再発見できた講習会となった。

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