ライター、ワインエキスパート【冨永真奈美】

WINE & FOOD

テタンジェを待ちわびて――オースティンマラソンの取材、テキサス州オースティンのエリック・バナ、マット・デイモン、アンジェリーナ・ジョリー

高級シャンパンのテタンジェ

2006年の初夏、私はテキサス州オースティンにいた。オースティンマラソンを取材するためだ。日本の旅行会社も必ずツアーを組む人気の高い市民マラソンである。

オースティンの人々は本当に親切だ。

バロック テキサス州立歴史博物館(だったと記憶している)の館内を行きつ戻りつ、ブッシュ親子の肖像画を3回も見ていると、「出口が分からなくなった?」と大学生風のお兄さんが声をかけてくれる。ホテルのプールに入ろうとしたら、よく日焼けしたご婦人が「まずは全身浸かって!そのほうが寒くないわ!」とアドバイスをくれる。(全身浸かったかどうか見届けたいのかじっと見つめるので全身浸かりましたよ。ああ寒かった)

そのホテルでは結婚披露宴が催されていた。ホワイトツリーという名にふさわしく、デコレーションは真っ白で統一されている。開け放たれた内窓から見えるのは、大きなクーラーに差し込まれたたくさんのテタンジェだ。
「私も飲みたいなあ」とものほしそうに眺めていると、招待客の一人と目が合った。彼女は「一緒にどうぞ」と手をひらひらさせる。「やっぱりオースティンの人は親切だなあ」といそいそと同席した。

早速、エリック・バナにそっくりのハンサムなお兄さんに「テタンジェをグラス1杯ください」とお願いした。『トロイ』のバナを彷彿させる凛々しい色男である。数分後、お兄さんが颯爽と戻ってきた。「はいどうぞ」と差し出したのは、ワンカップ大関の小型版のようなガラス瓶に入った透明な液体である。もみじまんじゅうを思わせるロゴの横に、HGP正楷書体の平仮名で「さけ」と可愛らしく書かれている。聞けば寺紋からインスピレーションを受け、彼が自らデザインしたラベルだという。

「この辺で作られている日本酒なんです。ぜひ日本の方に飲んでいただきたくて」と、彼は頬を赤らめている。頬を赤らめたエリック・バナに「飲んでいただきたくて」と言われて、「いや、私はテタンジェって頼みました」とケチをつけられる女がどこにいようか?

飲みましたよ。一気に。

「美味しい」という私のコメントに大変満足しているので(実際には酒に似たアルコールという風味だった)、ロゴがもみじまんじゅうに見えるとはとても言えない。もみじまんじゅうの説明も面倒くさい。

エリック・バナが去った後、なぜ素直にテタンジェが来なかったのか思案してみた。5分後、なんとなく合点がいった。「テタンジェ」じゃない。「タイティンガー」または「テイティンガー」だ。英語では発音が違うんだ!自分の発見に気を良くして、もう一度トライしてみた。

「タイティンガーまたはテイティンガーをグラス1杯ください」

と、マット・デイモンにそっくりのハンサムなお兄さんにお願いしてみた。ジェイソン・ボーンシリーズの精悍なデイモンが目の前にいるかのようだ。(ジミー大西に似ているという意見に私は一度たりとも同意したことはない)

数分後、お兄さんが颯爽と戻ってきた。「はいどうぞ」と差し出したのは、うすはりグラスに入った黄色い液体である。「ぼく、日本の松徳硝子にすごく感銘を受けて。この近くの自分の工房でうすはりのグラスを作ってるんです」と言う。このグラスでビールを飲むと「ワンダフル」なんだそうだ。「ぜひ日本の方に飲んでいただきたくて」と、彼は頬を赤らめている。頬を赤らめたマット・デイモンに「飲んでいただきたくて」と言われて、「いや、私はタイティンガーまたはテイティンガーって頼みました」とケチをつけられる女がどこにいようか?

飲みましたよ。一気に。

「美味しい」という私のコメントに大変満足しているので、「ほんとのうすはりはもっとうすい」とはとても言えなかった。それに、ほんとのうすはりについて説明できるわけがない。

マット・デイモンが去った後、なぜ素直にタイティンガーまたはテイティンガーが来なかったのか思案してみた。5分後、なんとなく合点がいった。「タイティンガー」または「テイティンガー」じゃない。「シャンパン」だ。いや、「シャンペーン」と「ペーン」を強調して言わないと!

自分の発見に気を良くして、もう一度トライしてみた。

「シャン『ペーン』をグラス1杯ください」

と、アンジェリーナ・ジョリーそっくりのお姉さんにお願いしてみた。その超絶セクシーさたるや、『60セカンズ』のスウェイそのまんまである。細長い腕に掘られたタトューのなかに、「愛」という漢字がまざっている。
数分後、お姉さんが颯爽と戻ってきた。「はいどうぞ」と差し出したのは、引き出物を入れるような白い大型紙袋である。「私、『愛』っていうタトューを入れるほど日本のことが好きなの。日本人に会えてよかった。このあたりにはあまりいないから。このバッグに、シャンパン2本(テタンジェ!)、ナッツ、チーズ、チョコレート、サンドイッチ、ケーキが入ってます。ぜひお部屋でどうぞ。でも無料で渡すと私のクビが飛ぶの。だから10ドル程度でいいからお支払いしてくれる?それなら販売したってことなるから助かるの」と頬を赤らめる。頬を赤らめたアンジェリーナ・ジョリーに、こんな至近距離で、あのぷるるんとした唇からもれる低温のハスキーボイスで「助かるの」と言われて、「いや、私はシャンペーンって頼みました」と言い返せる女(であっても)がどこにいようか?男ならこの時点で鼻血を出して気絶しているはずである。

払いましたよ。チップ込みで110ドル。

キャッキャと喜ぶアンジーにほっぺたにキスまでしてもらったので、「テタンジェもう一本入れてもらえません?」とはとても言えなかった。

めでたくテタンジェも入手できたし、そろそろおいとまして部屋でテタンジェを開けよう。オースティンの人々はとても親切で、このホテルでも思いがけず3人もの親日家に出逢えるなんて。とても爽やかな気持ちで部屋へ戻った。

ここで目が覚めた。

これすべて2021年元旦に見た夢です。今でもあまりに克明に覚えているので書いてみました。3名の大物俳優にお会いする機会に恵まれたことは残念ながらありませんが、夢の8割程度は過去にほんとに見たこと、聞いたこと、体験したことです。それらがモザイクみたいに噛み合ったようなほんとに楽しい夢でした。

*2021年に公開したエッセイです。

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