ライター、ワインエキスパート【冨永真奈美】

TRAVEL & CRUISE

「1か月休むという決意表明」の続編、ESPORAO RESERVA RED 2017、Pazo de San Mauro 2020、バックパッカー、スペイン、ポルトガル、20代、なんにもこわくなかったあの日々

Pazo de San Mauro 2020、スペインワイン

*2021年11月に公開したエッセイです。

計画を立てない旅ほど楽しいものはない。

20代の前半に数週間ほどスペインとポルトガルをバックパッカーとして一人旅した。

確定していたのは「〇月〇日に〇〇航空〇〇便でマドリードから出国する」ということだけ。宿泊先も予約せず、日々の予定も立てず、「今日はもっと南へ行こう」などと、欲求と本能を最優先に旅をした。リスボンから旅を始め、エヴォラを通ってファロまで南下。ファロから船でスペインのウェルバに入り、セビリア、コルドバ、トレド、そしてマドリードで上がり。といったルートだったと記憶している。

スマホなどなかった90年代のバックパック旅行は、粗野なほどに物事がシンプルだった。リアルタイムの情報には乏しいが、情報源が少ないためか悩まないので諸事決断も早かった。宿泊先を予約するには、バックパッカーの必需品『Lonely Planet』(紙のガイドブック!)で宿を探して一本電話をかけるだけ。(公衆電話!)「宿泊先が見つからなかったらどうしよう」といった不安はなぜかまったく感じていなかった。部屋はいつもちゃんと空いていたしね。

ポルトガルやスペインは予想よりも英語が通じなかったのだが、副専攻のスペイン語がけっこう役に立った。しかし副専攻を活かせたのはあれが最後だったような気も。もったいなや。

とにかく、どこに行っても人々の親切に助けられた。

リスボンの高台にある美術館で、「わ~きれいだな~」と見入っていたら随分と時間が経っていた。ちょうどよいバスもタクシーも無く、ぽつねんと石の階段に座っていると、「街に降りるの?乗っていく?」と全然知らないご夫婦が車に乗せてくれた。

ポルトガルやスペインの人々は一人で食事をとる人を不憫に思うのか、「一緒に食べる?こっちのテーブルにおいで」と誘ってくれる家族やカップルに何組も出会った。スペインでは非番の刑事さんとその彼女というかっこいいカップルと食事を取った。「何かあったら連絡しなさい。世の中には本当に悪い奴もいるんだよ」と名刺をくれた。食事の後、ハーゲンダッツでアイスクリームまでおごってくれた。「世の中にいる本当に悪い奴」には運よく会わなかったが、名刺の存在がなんとも頼もしかった。後日このカップルから日本へあたたかな手紙が届いた(切手を貼って送るエアメール!)。

現地で仲良くなったバックパッカーとお食事しつつ情報を得るのも楽しかった。宿泊代を節約するためにホテルの部屋をシェアするのも自然な流れだった(さすがに女性限定!)。ポルトガルとスペインの街はどこもかしこも世界遺産レベルの魅力と美しさがある。いくら歩いても歩き足りないので毎日相当歩いた。万歩計があったのなら。どのくらい歩数を稼いでいたかな。チェックインしたホテルのオーナーさんが歩き疲れてボロボロの状態の私を見て、「一杯飲んでいく?」と白ワインをホテルのおごりで飲ませてくれた。「五臓六腑に染み渡る」の意味が実感できた一杯だった。

当時はワインに関しても私のなかでは粗野なほどに物事がシンプルだった。赤ワイン、白ワイン、その真ん中のロゼワイン。この3つしか存在せず、泡のワインは全部シャンパンだと思っていた。あまりに知らなさ過ぎるので悩まないから注文も早かった。「赤ワインをグラスでください」といえば適当なワインを持ってきてくれた。またはメニューを見て一番安いグラスかハーフボトルを選ぶだけだった。それでもかなり美味しいワインだったと記憶している。今思うと、その土地で作られているいわゆる早飲みタイプのフルーティなワインだったのだろう。コップ(グラスじゃなくてね)になみなみ注ぎ、「しあわせ♪」と何を飲んでもワクワクしていた。

「ソフィア王妃芸術センター」でピカソの「ゲルニカ」を見たときは、ほんとに腰が抜けて座り込み、警備員さんが助けてくれるまで起き上がることができなかった。多分、アートを通じて「根底から感性を揺さぶられる」ということを肉体的なレベルで体感した初めての瞬間だったのではないかと思う。はっきり覚えているのは、その後に飲んだ赤ワインがいつもより苦くしょっぱく感じられたことである。

刺激だらけの旅を楽しめたが、宿泊先の予約もしなかった当時の自分が信じられない。

考えが甘かったとか度胸があったとかいうより、「まるっきりなんにも考えていなかった」というのが正しい。バックパッカーってそんなものか。バックパッカーだらけの超人気観光地、スペインとポルトガルでこそ実現できた「安全な冒険」だったともいえる。

あの旅はまた、その後社会で生きていくうえで、性善説を信じ続けることができた理由の一つになった。まあ基本的にはね。条件を絞れば性悪説はありだと思います。あの非番の刑事さんと今こそ「世の中にいる本当に悪い奴」について語り合えたらと思う。

あれ以降さまざまな旅をしてきたが、あのバックパッカーとしての一人旅を超える経験はまだない。たぶんもうないんじゃないかと思う。私は若さを信仰する趣味はまったくないのだが、あのときのあのやわらかなあの感性はもう持ち合わせていないように思う。

来年から1か月休みを取る予定だ。あの20代のような旅にはならないだろうが、今の私に合う楽しい旅休暇にするつもりである。

まずはスペインのバレンシアの友人を訪ねる。それから北上してフランスに入り、ずっと行ってみたかったサンテミリオンを訪れようと思う。バレンシアの友人も一緒に来てくれたらいいなと思う。

ESPORAO RESERVA RED 2017とPazo de San Mauro 2020を開けた。自宅にあったスペインとポルトガルのワインだ。ときどき無性にこの2国のワインを飲みたくなる。

 

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