ライター、ワインエキスパート【冨永真奈美】

TRAVEL & CRUISE

広州での展覧会取材(3泊4日)紗面島のギャラリー、珠江ナイトクルーズ、GREATWALLワイン

珠江ナイトクルーズ

ある国の国家や政府は、その国の一般社会や国民とほとんど別物くらいに異なる。中華人民共和国はそんな国だと思う。

2018年9月、私は旅行博覧会の取材(3日間の滞在)で中国広東省広州市にいた。広州市は少し大阪を思わせるダイナミックな都市である。

中国本土に足を踏み入れたのはその時が初めてだった。中国本土で日本人はあんまり好かれていないらしいし、報道ぶりからすると日中関係が安定しているとは考えにくい。演歌を聞きながら北陸沿岸部をドライブするのが大好きな中国人の友人、リンさん(仮名)は「大丈夫、安全だし楽しいよ!」という。しかし、何度もしつこいようだが、演歌を聞きながら北陸沿岸部をドライブするのが大好きな親日家の言うことを「鵜呑みにはできないよなあ」と飛行機に乗ったのだった。

翌日、旅行博覧会の会場に出向いた。PRのエマさん(仮名。中国では英語名を使用する人が多いそうで)と落ち合い打ち合わせをして取材を進める。余談だが、どの国でもエマさんのようなPRの女性は、頭の回転がえらく速くて機転が利く。丁寧に取材の段取りをしてくれたエマさんは、「日本にとても興味があるの。渋谷でのショッピングが大好き」とニコニコ笑う。じゃあ日本でぜひ会いましょうと話が弾んだ。

取材を終えてホテルに戻った。クタクタだったが観光もしたいので、長崎出島のような場所とされる紗面島に歩いて行った。夕焼け空の下、ヨーロッパを思わせる街並みを歩いていると瀟洒なギャラリーに行き当たった。スコールのような雨が降ってきたので中に入ってみる。私が中国語を話さない日本人と分かったためか、奥から英語を話す男性と女性が出て来てくれた。チャンさん(仮名)という名の兄と妹で、お二人とも「あんまり外国の人と話す機会が無いからうれしいです」とニコニコ笑う。いろいろお話するうちに「ギャラリーで中国伝統衣装の歴史に関するセミナーがあるから見ていきますか」とのお誘いを受けた。思いがけないことでとてもうれしくて、もちろん参加した。中国語だから内容はよく分からなかったが、パワポに映る伝統衣装が華やかで、講師のハキハキした口調が耳に心地よかった。

すっかり良い気分でホテルに戻り、ホテル内の点心を食べに行った。そこではあき竹城によく似たチリチリソパーマのホール支配人が、中国語をまったく解さない私を助けてくれた。眉間にしわを寄せてこちらにずんずん歩いてくるので、「わ~怒られる」とおびえてしまうのだが、「お茶は十分か」のようなことを言ってポットを上下にぶんぶん振ったり、「中国酒 勁酒(保健酒)」を飲んでいる私に「美味しいか?」のようなことを聞くなど気遣いを見せてくれた。後で分かったのだが、お茶には無料と有料があり、無料のお茶が自動的に提供されるわけではないとのこと。あき竹城は私が困らないよう、最初から無料のお茶を持ってきてくれたらしいのだ。あき竹城にお礼を言いたくて翌日も点心に行ったのだが、非番だったため再会はかなわなかった。

翌日の取材も無事に終え、クタクタになってホテルに戻った。このままだとベッドにつっぷして寝てしまいそうなので、「夜景を満喫!珠江ナイトクルーズ」に乗船するため広州塔へ向かった。『クルーズ』誌のライターでもある私にとって、珠江ナイトクルーズは外せない観光である。高層ビルから放たれる華やかなネオン、そしてその輝きを映す珠江の夜景は「広州70万ドルの夜景」と呼ばれている。(どういう計算で70万ドルになったのか知りたいものである)

3階デッキの指定されたテーブルに行くと、相席となるグループがくつろいでいた。私が日本人と分かると「あれれ」という顔をして気遣ってくれる。翻訳アプリを介して少しお話してみたところ、このグループはご家族であると分かった。なんとも朗らかで優しくそうな人々である。「日本のクレジットカードがほとんど使えないと分かりました」(ほんとにほとんどの場所で使えなくて困ったのなんの)と言うと、「あら、お食事は大丈夫?」と聞いてくれた。「はい、なんとか」と答えると、ご家族で顔を見合わせボソボソと話し合い、「下船後、簡単なお食事をしますか?」と誘ってくれた。遠慮する気も起きず、「はい、喜んで!」とお受けした。親切なご家族と、小さな家庭料理店で一緒にお肉や野菜をつつくまたとない経験をすることができた。

その夜ホテルで窓から広州の夜景を見ながら、「GREATWALLワイン」(カベルネ・ソーヴィニヨン)をちびちび飲んだ。広州に入ったその日にセブンイレブンで買ったこのワインは、これまで飲んだどのカベルネ・ソーヴィニヨンともあまりに違う味だった。でも、そんなことはどうでもよくなった。さっきの家庭料理店で食べた料理にばっちり合う味だと分かったからだ。中国の大地で生まれたカベルネ・ソーヴィニヨンだから、これまで飲んだどの国のカベルネ・ソーヴィニヨンとも違っていて当然である。

それにしても中国ほど外から見たイメージと、現地で会った人々の態度や雰囲気があまりに違っていた国は無い。(あの国もそうなんだろうなと思う国はいくつかあるけど、まだ行ったことがない)外から見たイメージとは、中国とその国家や政府に関するさまざまな報道のことを意味する。もちろん、中国は広いし私は広州に3日間滞在しただけだから、「中国の人々はみんな優しくて親切」と結論づける気はまったくない。ただとにかく、中国という国の国家や政府と一般社会で生活する人々が、「なんか全然関係ないんじゃないのか?というくらい違うよなあ」と分かってくるプロセスがすごくおもしろかったのである。
広州の人々の優しさや親切度は、どの国の人々のそれらに劣らないどころかある意味勝っていたと思う。ここに書いていないが、他にもいろいろな人に親切にしてもらった。2018年を最後になぜかまったく会っていない、演歌を聞きながら北陸沿岸部をドライブするのが大好きな(しつこいね)リンさんと初秋に会うことにしている。会った時に遅ればせながら広州での体験を話し、中国の一般社会で生活する人々が普段どんなことを考えているのかあらためてじっくり聞いてみたいと思っている。

*2021年6月に公開したエッセイです。

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