ライター、ワインエキスパート【冨永真奈美】

CULTURE & ENTERTAINMENT

Dom Pérignon Day、やがて楽しき外国語、Deep Purple 、『Smoke on the water』、『Highway star』、Ian Gillan、Ritchie Blackmore、ロックの殿堂

ドンペリニヨン

私が仕事で使える(=かなりの収入になる)英語運用力を得られたのは、結局のところDeep PurpleのIan Gillan(Vocal)とRitchie Blackmore(Guitar)のおかげではないだろうか。と、最近考えるようになった。

日本語と英語はあまりに異なる言語なので、両方とも使えるようになるのはなかなかに難しい。基本的に日本では日本語だけで生きていけるので、いくらグローバル言語と分かっていても興味があっても、「これ学ぶ必要があるのかなあ?」という気持ちにさせられる言語だ。

そんな気持ちだった高校生の頃に、ハードロックバンドでギタリストをしていた女友達の加奈子ちゃん(仮名)から「これいいよ」とCDを渡された。それがDeep Purpleのアルバム『Machine Head』(1972)だったのだ。

「どうせうるさいロックだろう」と何の期待もせずCDを再生した。そのとたんにスピーカーから飛び出してきたこれまで聞いたこともないような音とリズムに驚愕した。加奈子ちゃんは「特に『Highway star』と『Smoke on the water』のギターリフがすっごいかっこいい」というので、「へえそうか」と素直に何度も聞いてみた。加奈子ちゃんの言う通り、何度も聞くうちに、そのギターリフに完全に魅せられてしまった。その緻密さ、繊細さ。このさいハードロックが好きか、よく知っているかは関係なし。とにかく「これは完璧なんだ」と分かる完璧さだ。

この曲をきっかけにギタリストを目指す人は多いと聞くが、私はIan Gillanのボーカルと歌詞のほうに興味を持った。歌詞を読めば、『Highway star』と『Smoke on the water』が特に比喩的でも抽象的でもなく、わりに平易な英語で書かれたシンプルな内容の曲であることが分かる。『Highway star』 の意味するところは「オレもこの車も最速、最高!」で、『Smoke on the water』の意味するところは「普通にレコーディングしようと思ったのに、どっかのバカヤローのせいで大変だった」である。まあ大体はね。

さて、わりに平易な英語で書かれた歌詞だ。歌えそうだな、歌ってみようかな。と思ってCDに合わせて口ずさんでみたがまったくついていけない。なんで?悔しいのでこの2曲を「歌えるようになってやる」と決意したのである。
まずは何度も歌詞を声に出して読む。日本語に無い子音の微妙な発音に苦労したが、「発音できないから速さについていけないんだな」と妙に納得したりした。それからIan Gillanのボーカルに合わせ、できるだけ同じように何度も声に出して歌ってみた。
家族にはうざがられ、「うるさい!」とおこられた。当然である。防音設備なんてなかったし。そこで加奈子ちゃんのうちで練習したりもした。加奈子ちゃんの親は娘にギターやアンプを買い与えているだけに太っ腹で理解があった。うるさかったろうが、「なんかやってるね」と大目に見てくれた。(ちなみに加奈子ちゃんはこの2曲のギターリフをかなり正確に弾ける腕前の持ち主だった!)

「歌えるようになってやる」と決意してから数か月後。「そろそろカラオケで披露するときがきた」と判断し、加奈子ちゃん含め7人くらいでカラオケに繰り出した。私の持ち歌が『Highway star』と『Smoke on the water』だと知っているのは加奈子ちゃんだけ。他のみんながプリプリ(プリンセス プリンセス)などのヒット曲を歌っているのを尻目に、この2曲を予約し緊張して順番を待った。

次はいよいよ私だ。『Highway star』のイントロが流れ出すと、みんなの動きが止まった。「何これ?だれ?」と顔を見合わせている。私が歌いだすとみな絶句し、ぽかんと口を開けて私を見つめている。加奈子ちゃんが立ち上がって踊りだした。するとみんな弾かれたように立ち上がり一緒に踊りだした。さすがだ。『Smoke on the water』がかかると「あ、同じようなやつ?キャー」とけたたましい。

自分で言うのもなんだが、ビブラートなどきかせて、けっこううまく歌えていたと思う。みんなも「あんたうまいじゃん、しかも英語!」と褒めてくれた。(加奈子ちゃんからバンドに入れと誘われた)

この時の体験は以下のことを私に教えてくれた。

1.外国語を習得するには恥はかき捨てねばならない。できれば、自分が恥をかいているということに気づきさえしない厚顔無恥さがあれば最強である。

2,四の五の言わず、一流を手本にマネして繰り返していれば、何らかの形になる。

これらは別スキルの習得にも応用できるのではなかろうか。

もう今はこの2曲は歌えない。しかし、ロックの殿堂入りを果たしたDeep Purpleの『Highway star』と『Smoke on the water』は、私にとって永遠の名曲であり続けている。今でも時に無性に聞きたくなって何度も聞くことがある。聞くたびにDeep Purpleの、特にIan Gillan とRitchie Blackmoreにお礼を言っている。努力したのは私だが、これほどの名曲でなければ、あんなに何度も歌えなかったと思う。お会いする機会は無いと思うが、もしやあれば「その節は誠にありがとうございました」と言おうと思う。

で、なんでDom Pérignon Dayなのか。

私はDom Pérignon に対し、「有名人が好む高級シャンパン」というイメージを持っていた。「美味しいんだろうけど、派手なイメージだなあ」と思いつつ、初めてDom Pérignonを飲んだ時、それまでの泡の定義を超える、それまで経験したことがない細やかな泡と舌ざわりに驚愕した。

その緻密さ、繊細さ。とにかく「これは完璧なんだ」と分かる完璧さだ。あの2曲のように。この衝撃は、あの2曲を初めて聞いた時の衝撃に似ているのだ。

先入観に囚われていると、この世の素晴らしい果実を体験する機会を逃しかねない、ということだろう。

ということで、『Highway star』と『Smoke on the water』を無性に聞きたくなった日をDom Pérignon Dayとして、めでたく心おきなくDom Pérignon を抜栓するのである。

今日はDom Pérignon Day。ヴィンテージは2008。かんぱい!

追伸1:Guns N’ Rosesの『Sweet Child O’ Mine』と『Paradise City』も持ち歌でした。これらのギターリフが素晴らしい!
追伸2:「やがて楽しき外国語」。これはどなたに対するオマージュかお分かりですよね。

*2021年5月に公開したエッセイです。

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