ライター、ワインエキスパート【冨永真奈美】

TRAVEL & CRUISE

リバークルーズの聖地ドナウ川  中欧4カ国を巡るドナウ川クルーズとワイナリー訪問  ヨーロッパの内陸部をクルーズしながら堪能する美食、ワイン、美景

ドイツ船社NICKO CRUISESのリバークルーズ船「BOLERO」で行く「Danube Cultural Treasures 8日間(6月23日~30日)」乗船取材

ドナウ川の流れをこの目で初めて見たのは約四半世紀も前のこと。ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」を小さい頃から学校の音楽の時間に聞いていたせいで、私もご多分にもれず「青いドナウ」を期待していた一人であった。

そして現地であんまり青くないドナウ川を見つつ、「いやなんか、あの歌が言うほど青くないですよね」と、現地の人に率直に伝えてしまった。

すると、その現地の人はため息をつきながら、きっとこちらを見据えてきっぱりと言い放った。「またですか。皆さん同じことをおっしゃるんですよ。でもね、海や川がほんとに青いかどうか、または青いとすべきかどうかなんて、『夕焼けは赤色かオレンジ色か』ぐらいに主観的なことでどうでもよい話じゃないでしょうか」。

やれやれ、言う相手を間違えた。そんなに怖い顔しなくてもなあ。虫の居所の悪かったんだろうとちょっと心がなえたことを覚えている(またはその人はお腹がすごくすいていたのかもしれない。欧州人はお腹がすくと、太陽のように陽気だったのに、あからさまにしおれて不機嫌になる人が多いような気がするんだがどうだろうか)

それから約四半世紀を経て、私は再びドナウ川を訪れ、リバークルーズをしながら中欧4カ国を巡ることとなった。

巡る国は、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、スロバキアの4カ国で、乗下船地はパッサウ、寄港地はクレムス、エステルゴム、ブダペスト、ブラチスラバ、ウィーン、そしてイプスである。いわばドナウ川クルーズの永遠の定番ルートのひとつといえよう。そのルート上にあるワイナリーをいくつか巡ることも大切な取材であった。

クルーズの最初のクライマックスは、ユネスコ世界遺産ヴァッハウ渓谷を船上からパノラマで見る稀有な体験だった。

ヴァッハウ渓谷の斜面を覆うブドウ畑を眺めた後、寄港地のクレムスで急遽予定を変更して、あるワイナリーを訪れた。暑さを吹き飛ばすような爽快かつエレガントな酸味を持つリースリングやグリューナー・ヴェルトリーナーを試飲しながら、対応してくださったワインメーカーさんの苦労話を聞きつつ、時にはアポなしの突撃取材のほうが、本音がお聞きできていいもんだな、と思ったのだった。(相手が受け入れてくれたらね)

ブダペストでは「ドナウの真珠」と異名をとる美しい街並みを縫うように、酒場放浪記みたいにワインバーを探してワインを飲んだ。ブラスチラバでは約5世紀におよぶワイン造りの歴史を持つワイナリーを訪れた。ウィーンではリンクシュトラーセ沿いの華麗な建築物群を眺め、デーメルでザッハトルテを楽しみ、ゲミシュター・サッツで有名なワイナリーを訪れ、もちろんドナウ川を眺めながらのホイリゲも楽しんだ。

リバークルーズにおける船上ライフは、オーシャンクルーズのそれよりも、すべてにおいてゆっくりと時を刻むように過ぎていった気がする。

ダイニングではランチやディナーは1回制で、軽めのフルコースが提供された。ドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリーの郷土料理やワインがふるまわれ、スロバキアの料理に合わせてオーストリアのワインなど、クロスボーダーペアリングを楽しむこともできた。ルーフデッキでドナウ川を眺めながらのバーベキューやカクテルタイムは至福の時間だった。

このクルーズはアナウンスからツアーまで全編ドイツ語だった。ライターの私とフォトグラファー以外は、おそらく基本的に全員ドイツ語圏の人々であったろうと思う。そんな船に日本人の私が乗っているものだから、みんな「何だろうね?誰だろうね?」という雰囲気であったが、そこは皆さんとても洗練されていて余計な詮索は一切なかったのだが、日が経つにつれてうちとけて、私の正体も隣近所(そして多分船の半数くらい?)の知るところとなって、最後の日には大勢がラウンジに集い、みんなで飲んで笑って踊って和やかな時をすごしたのだった。

そして今回のクルーズで、私はあの約四半世紀前の出来事を思い出し、船上で出会った乗客たちに同じことを伝えてみたのだった。「あの歌が言うほどドナウ川は青くはないですよね」

返ってきた答えはこんな感じであった。「ああ、皆さん同じことをおっしゃいますね。でもいずれにしろ美しいじゃないですか」。

ええ、はい、とても美しいです。

今回は満面の笑みとともに大層幸せそうな返事が聞けた。美味しい食事とワインを飲んで満腹、ご機嫌だったのだろう。これで約四半世紀前のちょっとしたトラウマも解消され、むしろドナウ川への憧れがさらに深まったのであった。

この旅で出会った美しいドナウ川の風景、あたたかな人々、美味しい食事とワイン、ワイナリーの人々、そして歴史ある文化遺産の数々を文章で表現するための苦しい旅がすでに始まっている。

この取材にもとづく複数の記事は、日本語および英語の両媒体において、本年8月から12月にかけてリリースされる予定である。

 

 

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